「子供にだけは…させたくない」「子供にだけは…させてやりたい」
親世代達はそんな親心を、その世代なりに抱えて子供世代を育ててきたのだと思う。
ならば、東北の親御さん達は今、どんな思いで子ども達を見ているのだろう。
子ども達を守りながら。
その成長に支えられながら。
自分達も必死で生き延びて。
この海に浮かんだ、台風の通り道にして、地震の発生地帯の上にある国で、天変地異によって個人の思いが吹き飛ばされなんて、誰の身にも起こり得ることなのだ。
そんな時、「子どもはみんなの子ども」だと、手を差し出して貰えたなら、どんなに心強いだろうか。
特別なことが無くても、子育て中、そんな支えがあったなら救われるだろうに、いわんや、ではないだろうか。
親の責任も影響も多大なるものだけど、親だけが今の自分を作ったわけでは無いことを考えるなら、親以外の「みんな」に育てられて子どもは大人になる。
「みんなの子ども」に対して「みんな」はどうあればいいのだろう。